吉兆を育む。
 損しない…は、得しない。
 価格の比較検討で負の連鎖




お金がないから節約したいと
お考えのかたに、
私から、ひとつ、
お願いがあります。


私が、ド底辺だった理由を
知ってほしい…。

もしかしたら、
過去の私と同じ価値観で
節約したいって思っているかも
しれませんから…。

もし…
考え方として、
貧乏は自分自身が悪いと、
お感じであるのなら…

まず、貧乏は自分が悪い…
と、思うことを…
やめてみてください。

実際は、自分のせいなんですけど、
あえて、自分のせいであることを
否定することで、
自分を貧乏にさせる「圧力」を
感じることが
できることでしょう。


あまりにも、自分が悪いって、
身構えちゃうと、
この「圧力」に気づかないんです。

お金持ちも、貧乏さんも、
保有している「金額」で
判断しているんじゃなくて、
なにか見えない「別の基準」で
動いている、動かされています。

特に、貧乏さんの場合は、
「金額」で
判断しているようにみえて、
実際は、別の基準で、
判断させられています。
その結果、安いほうを
選択させられています。

は?…って、カンジでしょ?

安いという理由で、
自発的に安いモノを選んでた
ワケではなく、

別の理由で、
安いモノを選択
させられてたのです。

コイツ、ナニ言ってんの?
って、カンジでしょ?


損しないこと…

得すること…

実は、まるっきり別物です。

北極と南極みたいに
両極端にあるものなのです。



損しない…延長が、得なんだって、
勘違いしちゃっているんですね。
同じベクトルじゃないんです。
方向が真逆なのです。

南極を目指しているのに、
北極に向かっても、
南極にたどり着くことは
できません。
まぁ、寒いっていう
共通点はあるんですけど、
やっぱり、違う「場所」なのです。

それっくらいに、
損しないコトを
目指しても、
得するコトには
たどり着きません…。

損しない…って決意こそ、
むしろ、負の連鎖の入り口。

底辺世界の定住権にして、
優良な底辺住民の証なんですよね。





多分、ほとんどの貧乏さんは
このこと知らないんじゃないかな…
少なくとも、
ワタクシは知らなかった。
知らなかったから、
貧乏が当たり前だったんです。

そして、この記事は、
貧乏さんには、
相当、「イラ」っとしたり、
カナリ「ムカ」っとする内容と
なってます。
っていうか、そう狙ってます。
とんでもなく、上から目線の、
カナリ辛辣な内容となってますので
その点は、ご容赦ください。

でもですね、
イラっとしたり、
ムカっとした数だけ、
アナタの見える世界が
変わっていくんじゃないかなって
思いますので、
いっぱい、イラっとしてください。

「イラっ」とする感情は、
「悪しきモノ」を隠している皮が
引き剥がされる際に
発せられる「火花」だと思って下さい。

ワタクシめが、「悪しきモノ」を
隠している皮を、ガリガリと
引き剥がしてみせますので、
ゼヒ、最後までお付き合いください。

はじめのほうは、
ナニ言ってんのか、
マジで全然、わかんない
…と思いますが、
読み進めていくと、
顔が青くなってくる内容と
なってます。

貧乏って、
自分が悪いんじゃない。
ある程度、導かれたものである…
その導くモノの正体とは?
というオハナシです。

すんごく長い記事となってますが、
最後には、圧力の正体が
みえてくるようになります。

 ワタクシが
 ド底辺だった理由




たとえば、ある品物を…

近所の商店で
200円で売ってたモノを、
郊外のスーパーで、
100円安く買えた。

これを得したといえるのか?
損しなかったといえるのか?

近所で200円で買ったことが
もたらす、
その後の人生の経過と、

郊外で100円で買ったことが
もたらす
その後の人生の経過で、

どっちが得で
どっちが損なのか、

検証してみないと
わからないんです。

わからないってことは、
この時点で、もう、
損しないと、
得するは、
イコールじゃないんですよね。

コレについて考えたら
気づいたんですよ…

ワタクシがド底辺な理由に…。



人間の内に眠る、恐ろしい本能に…。

ド底辺に堕ちるか否かって、
ある、「本能」にあったんです。

それが、覚醒しているか、否かって、
問題だったんです…。

お金持ちっていうのは、
自分の内に秘める
本能と習性に従っているだけ。
そこに深い理由なんてない。

貧乏人っていうのは、
これもまた、自分の内に秘める
本能と習性に従っているだけ。
そこに深い理由なんてない。



人間誰しも、
両方の習性を秘めていて、
スイッチひとつで
切り替わってしまうんです。

 払った以上に稼げるか?
 お金を失わない代償




例えば、
二人の受験生が居たとします。

近所の自販機で、ある飲料が
200円で売ってたとします。

往復で1時間の郊外のスーパーで
その飲料は100円で売ってます。

Aさんは、往復1時間は
もったいない。
200円で買っても
毎日1時間の勉強時間のロスは
避けたいと思いました。

Bさんは、100円で買えるものに
200円支払うのは
もったいない。
スーパーで買えばいいじゃないか…。

それぞれの行動がもたらした結果は…

1年間365日で、

Aさんは、Bさんより、
365時間
勉強時間を多く確保しました。

Bさんは、Aさんより、
36500円
現金を多く確保しました。

どちらがいいかは
わかりませんよ。


ただ、例えばです…
例えばのハナシなのですが、



Aさんは、
勉強時間を確保した甲斐があって、
地元の有名国立大学に合格、
学費も少なく自宅から通学。
学業も順調で上場企業に入社、
年収700万円のサラリーマンに
なりました。

Bさんは、
惜しくも不合格…
第二志望の遠方僻地の
Fラン私立に入学…
高額な学費と一人暮らしの費用。
多額の奨学金の借入れ…。
学業より日々のバイトを
優先せざるえない。
就職では、大手は書類すら通らず
ブラックな零細企業で
飛び込み営業…
年収250万の底辺労働者…

あえて200円の飲料を買って、
年収700万円の地位を手に入れた
Aさんと、

安い飲料…目先の100円にこだわって、
ブラック社畜になってしまった
Bさんと、



どっちが得で、
どっちが損なのか?

毎日、高い飲料を
買っていたAさんが損なのか?

毎日、安い飲料を
買っていたBさんが得なのか?

Bさんより年間で
36500円も余分に払ってしまった
Aさんは損だったのか?

Aさんより年間で
36500円もオトクに買っていた
Bさんは得だったのか?

年収700万円の
地位を得たAさんが損だったのか?

年収250万円で
奨学金も返せないで
四苦八苦している
Bさんが得だったのか?

どっちが得で、
どっちが損なのでしょう?

まぁ、これは
極端な例え話です。

机上の空論です。

単純に、わざと、
わかりやすい例を
でっちあげただけですので。

でも、
Aさんのような判断をすべきなのか?
Bさんのような判断をすべきなのか?

皆様は、
どちらの判断を支持しますか?



目先の損得を判断材料にせず、
明確な目標
それを達成するための
行動に徹したAさんと、

目標の達成にマイナスで
あることが明白なのに
目先の金額に惑わされ、
お金を失わない代わりに
ナニか大事なモノを
失ってしまったBさんと、



皆様は、
どちらの判断を支持しますか?

 価格より先に、
 目的達成に寄与するか 否か




なにがいいたいのかと言いますと、

価格の比較の前に
やるべきことが
あるでしょ?

…ってことです。

つまりは、
目的達成に寄与するか、否か。

その判断です。

何か、モノを買うとき、
サービスを買うとき、

今、ここで、
それを手に入れることで
どれだけの利益を捻出できるか…?

もし、プラスになるなら、
買ってしまってOKです。
だって、利益でるんでしょ?
それって、お得ってコトでしょ?

でもなぁ…
1週間後は、
もっと安くなっているかもなぁ…

違う店なら、もっと安いかもなぁ…
来週にでも、
違う店に行ってみるかなぁ…

それって、
せっかくの利益の機会
放棄してませんか?
せっかくの利益の機会を
先延ばしにして
ナニかイイコトあります?



今すぐ買って、
1週間、その恩恵と
利便性を享受して、
自分の人的資産価値の増強に
日々、努めることに徹することと、

目先の数%の差額のために
1週間分の恩恵と利便性を
放棄して、
自らの資産価値の
成長に関心をもたないことと、

どっちが得で
どっちが損なのか?

先ほどのAさんなら
どう考えて、
どういう結果を得るのでしょう?

先ほどのBさんなら
どう考えて、
どういう結果を得るのでしょう?


 リスクをとらないことが
 …リスク


結局、ワタクシは
Bさんでした。

いままでは、Bさんの思考でした。

払った、以上に稼げば、利益。
…ではなくて、

払わないコトがイチバン大事…
…でした。
その先の利益とか、
考えたこともない。
自分の成長とか
考えたこともない。



成長も放棄してて、
利益も放棄してて、

収入が増えるワケがない。
口座の残高が増えるワケがない。

結局、Bさんと同じ思考の
ワタクシの至った立場は…

ド底辺の貧乏だったのです。





逆に、Aさんのような
お金持ちになっていく人は、

お金持ちだから
良いものが買える

…のではなくて、

稼ぐために
自分の価値を高めるために
良いものを高くても買う

…のです。



向上心を持ち、
リスクをとって
利益を上げる努力を
怠ってないんです。

リスクを背負って努力する。
リスク「だけ」でもダメですし、
努力「だけ」でもダメなのです。
必ず両方セットで必要なのです。

どんなに努力して働いても
先にリスクをとってなければ
利益は生まれないし、

どんなに大きなリスクを払っても
その後に努力しないと
利益は生まれないのです。

Aさんにとって、
利益が得られないことが…、
成長ができないことが…、
最大のリスク



つまり、
リスクをとらないことが…リスク。
努力しないことが…リスク。

払った以上の価値を得る
このサイクルを回す…
いますぐにでも回す…
誰よりも早く回す…
誰よりも速く回す…
誰よりも多く回す…
回し続ける

だから、Aさんは、
お金持ちになるのです。
お金持ちになっていくのです。

その過程を…
Aさんの努力と根性で回す
利益のサイクルを…
ワタクシのようなド底辺は…

「ぜいたくしやがって…」
みたいな、
ひがみや、ねたみ…みたいな
感情で見てしまっているのです。

なんて、あさましく、
なんて、いやしく、
なんて、情けないことなのでしょう…。



…ということで、
いまさらなんですど、

ワタクシもAさんのような思考で
ド底辺脱却を
目論むようにしたのです。


 安いモノを追いかけない
 価格を比べることをしない


いまさらなんですど、

ワタクシもAさんのような思考で
ド底辺脱却を
目論むようにしたのです。

そして、思考を変えることで、
いろいろな視点が
変わってきたのです。

よくよく考えてみると、
Bさんの失敗は、
入り口の「金額」に
惑わされたことなんですよ。



良い人生を歩む…
という目的から外れて、
安いほうを探すことに、
目的が、すり変わっちゃった
…のです。

金額を比較しちゃったんですよね。
ココが目的を見失った瞬間なのです。
金額が見えなければ、
多分、Aさんと同じ行動をし、
Aさんと同じ結果にたどり着く
可能性が高い。
遠くのスーパーで安く売ってる…
なんて、知らなきゃ良かったんです。

「入り口」の「金額」の
数値のせいで、
本来の目的を
見失ってしまったのです。
そこを比較しちゃって、
本来の目的を
見失ってしまったのです。

だから、ワタクシも、
入り口の金額を気にするのを
やめてみることにしました。
つまり、
安いモノを追いかけない。
価格を比べることをしない。


相場より高いモノを買えって、
言ってるんじゃなくて、
今、それを手に入れることで、
利益があるなら、
成長ができるなら、
買っちゃえばいいんです。

他のお店に行けば、
もっと安いかも…
そんな比較はやめましょう。

型式は違うけど…
機能と性能は低いけど、
類似品で、もっと安いモノがある…
そんな比較はやめましょう。

とにかく、アナタの目にかなった、
最良の品物が目の前にあるのなら
迷わず、それを選択しましょう。

そうすることによって…
実際には、結構、
勇気が要る行為なのですけど、
いざ、思いきって価格比較をせずに
本当に自分に利益につながるモノを
買うってコトを、1週間くらい
実際にしてみたら…

それ買って、利益を出す…
成長するってことを
考えるようになります。
努力するようになります。

損しない…ってことなんか
すっ飛ばして、
得するために
アタマを使うようになるのです。

損しないコトにアタマを
使わなくてもいいのです。
っていうか、この段階では
価格で損するとか、
もう、どうでもよくなってます。
アタマの片隅にも残ってないです。

Bさん思考のワタクシでも、
Aさんに似た行動がとれるのです。
この、ド底辺なワタクシが、
Aさんに似た行動を
するようになるのです。

そして、今まで自分が
どんだけ、バカげたコトしてたのか
実感できました。
ってゆか、
自分がバカだってこと
改めて痛烈に体感しました。

なんていうか、
夜空の月を探すために、
必死に地面を掘ってたカンジ…。
しかも、雨の日の昼間に…。
もう、どんだけ頓珍漢なんだよ…。
ってカンジでしたね。

いままでの人生が…
全てギャグだった…
壮大なコントしてたんだ…

つまり、いままでの
自分の頓珍漢っぷり
見えちゃいました。

コレ、自分でも
結構びっくりしましたよ…。
マネゴトでもいいから、
してみるものですね。

っていいますか、
実際にマネゴトしてみないと
絶対に気づかないと思います。

いろいろ気づきましたよ…
いままでの自分が、

0点目指して
0点とってたコトに…。

100点目指して
100点取ったヤツに負けて、

100点目指して
50点しかとれないヤツに負けて、

100点目指して
1点しかとれないヤツにも
負けるのです。



スタートが違うんですよね。
比較検討して、
安いの探しているうちに
周回遅れになっているのです。

てゆか、自分がスタート位置に
着いたとき、
ライバルは、すでにゴールして、
レースとか大会とか、すでに終わって、
数日経ってて、
観客もいないし、
大会実行委員もいないし…
すでに、自分自身は、
部外者なのです…。

自分がスタート位置に着いたとき、
すでに、レースは終わってて、
最下位決定してるのです…。
勝負に、参加してもなかったんです…。

…こういうコトしてたんだ…
って、気づきました…。

なるほど、
価格の比較検討は
つまり、
時期」…タイミングと、
期間」…時間の量と、
両方を無駄にしているんだ…
誰よりも遅れて
スタートすることなんだ…
そういう考え方なんだ…

経験や思考から至った
そういう理由で、
比較検討なんか
すべきではないっていう
意見なのね…。

…って、思うでしょ?
でも、それもチョット…
いや、
チョットどころじゃなく、全然、
違うんですよね…。

なんていうか、
Aさんのような状態…
自分の人的資産価値が
どんどん成長していく状態…
プラスのスパイラル
乗っているヒトって、

そもそも、この…
価格の比較…なんて、
発想が出てこないのです。

時間がどうのとか、
考えてもなくて…
発想がないので、
その行動もない。

理由があって、
比較検討しないのではなくて、
経験とか、
因果関係とか、
考えかたとか
いっさい関係なく、
発想自体がない。

知らない国の、知らない言語で
日常会話できない、
しようとも思わない
…っていうくらいのレベルで、
そんな発想が出てこないんです。
ほとんど、
この「知らない言語」に
近いレベルです。

もともと、
価格の比較検討なんかしない人
…なのです。

人間って、プラスのスパイラルに
乗ってると、
安いモノ探そう…
そういう感覚が生まれてこない
生き物だったんだ…ってカンジです。
なんていうか、習性…みたいな。

本能的に、時期と期間の無駄を
避ける神経回路みたいなモノが
人間にはあるのかもしれません。

ああ、きっと、人間って、
プラスのスパイラルに乗ったとき、
プラスのスパイラルを登っていく
習性が、もともとあるんですよ。
そういう行動をするんです。

その行動の中に、
「安いモノ探す」っていうのは
無いんです。
だから、そういう行動はしないし、
発想としても現れない…
本能的なものなのでしょう。

コレ、Aさんだけの習性ではなくて、
人間、誰しも持ってる習性なのです。
そういう習性が、
この、ド底辺なワタクシにも…
自分の中にもあったんだ…
初めて知った…

そんな感覚…。

プラスのスパイラルに
乗ってみて分かった…
っていうか、
プラスのスパイラルに
乗っている人の行動を
マネしてみて、見えたことです。
そこで、Aさんと同じ習性とか本能が
ド底辺の自分の中にも
あるということを初めて知ったのです。

と、同時に、今まで
この習性や本能の存在すら
知らなかった自分が、
なにやったって、
お金持ちになれるわけがなかった…
ってことを、
初めて知ったのです。
思い知らされたのです…。

お金持ちの習性に
「安いの探す」っていうのが
無いんです。
経験的に、それを避けるとか、
思想的に、自分を戒めてるとか、
そんなの全然、関係なくて
「安いの探す」って習性がない。
もう、単純に無い。それだけ。

この段階で、気がつくのは、
お金持ちの「習性」と、
貧乏人の「習性」って、
別々に存在するということ。

と、同時に…
聡明な皆様なら、すでに、
感じることが
できたでしょうが…

理由が「有るから」、しない
…のではなくて、
理由が「無いから」、しない
…のです。

そして、
お金持ちは、
お金が有り余っているから
安いモノを追っかけない…
というのとも、どうも違うし、

貧乏さんは、
お金がないから、
安いモノ追っかけている…
というのとも、どうも違う
ってことが、

薄々、気付かれたと思います。


ワタクシは、この点を、
もうちょっと、深く考えてみて…

実は…お金持ちも、貧乏さんも、
保有している「金額」で
判断しているんじゃなくて、
なにか見えない「別の基準」で
動いている、動かされているんだな
って、気づきました。

人間の行動の基準って、

お金を、たくさん持ってるから…
お金を、あんまり持っていないから…

そういうコトじゃ、
なかったんです。


 Aさんの見ている景色


特に、貧乏さんの場合は、
「金額」で
判断しているようにみえて、
実際は、別の基準で、
判断させられています。
その結果、安いほうを
選択させられています。

は?…って、カンジでしょ?

安いの探して、
安いの見つけて
安いの買って、
安く買えて、良かったね。
っていう表面的なデキゴトの裏に
実は、とんでもなくヤバい
方向に導かれてたんだって
気づいちゃうんですよ…。
安いから、安いの買ってたんじゃ、
ないんですよ…

安いという理由で、
自発的に安いモノを選んでた
ワケではなく、

別の理由で、
安いモノを選択
させられてたのです。

コレ…
マヂで、何言ってんの?

コイツ、ナニ言ってんの?
って、カンジでしょ?

ホントに、こればっかりは、
実際に、Aさんのマネゴトしないと
わからないんですよね。
そもそも、コトバで伝わるものでも
ないのです。
ワタクシ自身も文章で伝わるなんて、
思ってないです。

ワタクシは20数年間、
知らなかったし
気づいてなかった…。

因果関係とか、ロジックで
理解するっていうのではなく、
体感するものなのです。
人間の内に秘める、
本能とか習性って、レベルなのです。

本能とか、習性って、フツーの人が、
コトバで理論的に
説明できないんですよ。
学者とか、
研究者とか、
哲学者でないと
できないんです。

人のハナシで「説得
されるものではなく、
人のハナシで「納得
するものではなく、

自分で「覚醒」するものなのです。



ワタクシにとっては
未知の領域だったので、
実際にAさんと同じ行動をしてみて、
そこから見える景色を、
Aさんの見てる景色を
見ないことには

信じられなかったのです。

なんていうか、
ネッシーみたいなもので、
実際、自分の目で見てみないと
信じられないというのに、
似てるかもしれません。

そして、
世の中の見方、
世の中の見え方が
変わってきました。

そして、これまた、
さらにいろいろと
気づきました。

まず、モノを買うとか
ある種の判断を迫られるとき、
それに伴うリスクって
Aさんにとっても、
Bさんにとっても、
ほとんど変わらないのです。

Aさんだって、Bさんと同様に
リスクに対して恐怖はあるんです。
そりゃ、Aさんだって、
安いに越したことないですし、
買って失敗ってことも怖いんです。

それでも、Aさんは、毎回毎回、
そのリスクと向き合って、
自分の選んだ「選択」を信じて…
未来の「利益」と「成長」のために…
努力するんですよね。

誰よりも、「早く」
誰よりも、「速く」
誰よりも、「多く」
利益と成長を繰り返すのです。
立ち止まってないんです。

そうすると、
性格が楽観的に見えるのです。
なんくるないさー」ってカンジです。

でも、それって、
なんとかなるよって言ってても、
実際は、「なんとかしてみせる!」
「いままでずっと、そうしてきた!」
だから、これからも、
なんとかしていくのだという気概の
現れなのです。
「必勝」の「実績」からくる
「余裕」ですね。
勝って、生きる。
生きるために、勝つ。
呼吸するように、勝つ。
そういう生き方しか、しない。
そういう生き方しか、してきてない。
そういう生き方しか、知らない。

そういう生き方しか、
教えられてない。
…そういうコトなんですよ。

ちなみに、
「なんくるないさ」の意味は、
「挫けずに正しい道を
歩むべく努力すれば、
いつか良い日が来る」…だそうです。
沖縄方言、真理突きすぎだろ…
恐るべし…。

ハナシはそれましたが、
毎回毎回、リスクの恐怖を克服し、
努力と根性で利益と成長を
重ねてきた、経験と実績から
自然と、そんな「性格」に
なっちゃってるんですね。
そして、勝ちつづけてきたから
腹が座ってる。豪胆なんです。
まさに、「なんくるないさ」

Bさんっていうと、
ホントに真逆…。
リスクに対しての恐怖に屈し、
自分のすべき「選択」を疑い、
未来の「利益」と「成長」を
放棄してしまう…。
逃げることが正しい選択と
勘違いしてしまう…。
そして、臆病で卑屈。
まさに、ワタクシそのまんま。

毎回、毎回、数万回
リスクと戦い、勝ってきた
Aさんと、

毎回、毎回、数万回
リスクから逃げ、敗北しつづけた
Bさん…っていうかワタクシで、

性格が違ってきて当然だし、
財力が違ってきて当然だし、
能力が違ってきて当然だし、
将来が違ってきて当然だし、
人生が違ってきて当然…なのです。

リスクに立ち向かい
勝って克服することが
あたりまえっていう思考のAさんと、

リスクから逃げまどい
戦うことすら
選択肢にない思考のBさんと、

持ってる「常識」と
世界の見え方が
ぜんぜん違うのです。

Aさんにとっては、
出口の結果がすべて。
入口の価格なんか気にしない
リスクの克服と常勝が…日常生活。
損しないなんて眼中になく、
得することだけ考える…

Bさん…つまりワタクシと
マジで真逆なんですよね…

ワタクシって、
出口の利益なんて眼中になく、
入口の価格ばっかり気にして
払わないことにアタマを使って
リスクから逃げ惑うことしか
考えてない…
得する努力なんて眼中になく、
損しないことだけ考える…

結局、ワタクシのようなド底辺は…
いろいろ勘違いしているのです。

そこに、だんだんと気づいてきた…
きづいてきちゃった…。

「払わない」コトに
アタマ使うんじゃなくて
払った以上の価値を得るコトに
アタマ使わないと
お金って増えないのです。
まず、「払う」がスタートなのです。

それなのに、
「払わない」でいれば
お金が増えると思ってた…。
そこが勘違いの始まり。
「払う」コトをしないので、
スタートすらしてない。

リスクをとらないことが…リスク。
つまり、
ノーリスク、ノーリターン…
ノーリターンこそ、本当のリスク…
…なのですよ。

…ずっと、逆だと思ってました。
リスクをとることが、リスクだと。
リスクは…リスクでしょ?
リスクは無いほうがいいに、
決まってるでしょ?

でも、実際は…
リスクをとらないほうが、
マズかったのです…。

そこを、思いっきり
勘違いしてた…
だから、どんなにがんばったって、
結果が出せなかった…。
つまり、利益は生めなかった。
リスクと努力の両立が
出来てなかった…。

結局、お金持ちになりたいと
思っていながら、
絶対に、お金持ちにならない方法を
忠実に実践していたのです。
「払わない」「払いたくない」に、
忠実だったんです。

結果、選ばれし、貧乏…
ド底辺になっていたのです。


 負の連鎖への
 切り替えスイッチ


「払う」というスタートが
出来てなかったんですね。
損して、得とれ
こんなカンタンなことが
全く理解できてなかった。
ワタクシってば、
それくらいの低能だったのです。


では、
以前から低能なワタクシ
やっていたことってナニ?
それは…
買う前の価格比較です。
安さを追っかけるコトです。
つまり、それって…

賢くない…ってことなのです。

ものすごく、イヤな言い方に
なってしまうのですが、
マイナスのスパイラルを
下っているときの現象なのです。
これも、きっと、誰しも持っている
習性なのかもしれません…。
厄介な本能なのかもしれません。

安さを比較して賢く買い物…」
これって、大嘘です。
ぜんぜん賢くないですから。
負のスパイラルにいざなう
魔の言葉にしか
聞こえませんよ…。

なにより、
低能でド底辺なワタクシが、
心底、実感してますから。

大きな買い物ならいざしらず…
小さい買い物まで、
これやってると、
ド底辺のワタクシと
同類になりますからね。

比較している場合じゃない。
節約している場合じゃない。
って、ゆーか、
それって、
節約って言えないよね。

それって、目的を見失って、
投資すべき時間を
無駄に浪費しているだけだよね。
目的達成に寄与するモノではなく、
タダ安いモノ探してるだけだよね。

目的忘れて、寄り道しちゃって
価格の数値がイチバン小さい
お店を探す、
お遊戯をしてるだけだよね。



自分の価値を、自分で
下げまくってるだけだよね。

自分で、「よーいドン」の
スタート位置を
はるか後方に
設定しているだけだよね。
周回遅れにしてるだけだよね。

それって、自分の競争力を
あからさまに
下げてるってことですよ。
ドM過ぎませんか?

でも仕方ないかもしれません。
これって、

価格比較しているうちに、
自分の競争力が下がるなんて…

絶対に気づかないのです。

むしろ、安く買うことに
一生懸命になることこそ、
利益につながると、
宇宙規模の勘違いを
してることさえある…。

価格比較と、競争力低下なんて、
普通は…
因果関係が皆目見当つかない
ですよね…。

でも、恐ろしいことに…

価格比較をやめてみて
初めて実感するんですよ。


人間の…っていうか、
冷徹なる脳の習性と本能の一端を
垣間見ることになるのです。

脳っていうのは、
幸せの階段を登っているときは、
その登り方を指示し、
不幸の階段を下っているときは、
その下り方を指示し、

人間の脳って、自分にも冷たいのです。

脳っていうのは、
上り階段の位置を教えてくれない。
下り階段を前にして、
そっちに行くなって警告してくれない。

むしろ、効率よく堕ちていく方法を
提示してくれます。
その時の脳からの指示内容が…
安いモノを追いかけろ…」
無料のモノを探せ…」
…なんですよ。
これが切り替えスイッチなんです。



プラスのスパイラルって、
リスクを払って
リターンを得る
このサイクルを
誰よりも早く回す。
誰よりも速く回す。
…ことなんです。

でも、
安いモノ探す」と
どうなるか?
払うことを避け、
リターンを得られなくし
スタートを遅らせ、
万人に敗北する…

「安い」「探す」は、
「払う」「得る」「早く」「速く」
これらを、一瞬で止め、
ことごとく潰してくれます。



そして、
負の連鎖へ速やかに逆回転させるです。
いわば、「非常停止」とか、
緊急逆回転装置
…なんですよ。
必殺にして、究極の絶対措置。
脳はコイツのボタンを押すのです。
押しやがるのです。



脳ってヤツは…
もともと、知っているんですよ、
プラスのスパイラルも、
マイナスのスパイラルも、
その切り替えスイッチも。

お金持ちになる方法も、
貧乏になる方法も、
勝つ方法も、
負ける方法も、
実は全部知っているのです。

因果関係が複雑で高度な内容で
あっても、一瞬で、
まるで反射神経のように
反応してくれます。
脳っていうのは、
そういうことだけは優秀なんですよ。
脳って、そういうヤツなんです。
幸せの階段を登っているときは、
その登り方を指示し、
不幸の階段を下っているときは、
その下り方を指示し、

脳っていうのは、
階段の上り方や、下り方は、
本能的に知ってるくせに、
階段の場所や、
幸せのありかは知らないんですよ。
知らないモノは知らない。
だから、肝心なトコロは
教えてくれない。
そもそも、知らないから、
答えてくれない。
答えられないのです。

脳ってヤツは、
幸せの階段を登れば
そこに幸せが在るコト自体、
知らないし、
不幸の階段を下っても、
そこに、幸せが無いってコトも
知らないのです。



意識とか、とか、目標とか、
そっちを明確にしてあげる必要が
あるのです。
それらが、明確なら、
脳は勝手に、自動的に、
イイ働きをしてくれるんですが、
それらが、ブレたり、不明瞭だと、
脳は、とんでもないこと、
しでかすのです。
優秀な反面、厄介なのですよ。
「志」が低いと、
負の連鎖への切り替えスイッチを
発動させやがるのです。


負のスパイラルを下っているコト自体は
教えてくれない。警告してくれない。
プラスのスパイラルに向き合って、
初めて、その階段の登り方を
指示してくれるのです。

そして、
Aさんのマネゴトしてみて、
初めてAさんの見ている
世界の景色を垣間見ることが
できるのです。
そこからが上昇のスタート
上り階段に直面するのです。





 自分を幸せにしてくれる人


意外にも、自分を幸せに
導いてくれるのは、
自分の「脳」ではなくって、
自分の周囲の尊敬できる人
なのです。
上り階段の位置を教えてくれるのは、
自分の「脳」じゃなくって、
尊敬できる人や、指導してくれる人
なのです。

その人の行動を
徹底的にマネすること、
徹底的に見習うこと、
そうすることで、
ようやく冷徹なる脳は、
その人に近づけるような
助言をしだすようになるのです。
その尊敬する人と、
同じ脳のモードの習性と本能を
発揮するようになるのです。

ワタクシがAさんを見習ったのが
スタートだったように…

きっと、Aさんも
最初は周囲の尊敬できる人を
見習ったのが、
スタートだったんだなと思うのです。

それが、幼少期なのか、
少年期なのか、わかりませんが、
尊敬できる人が周囲にいたのでしょう。
ご両親なのか、兄弟なのか、
友人なのかは、わかりませんが、
そういう人が周囲にいた…
そういう人たちに囲まれて育った…
つまりは、「お育ちの差」なのです。
環境の差、教育の差、家柄の差ですね。

ホント、身も蓋も無いコト言っちゃうと、
Aさんと、ワタクシのようなド底辺は
この、お育ちの差によって、
格差が生まれたのです…

家柄とか、財力とか、
おかれた環境に差はあるでしょうが、

結局…
リスクをとらないことが…リスク
努力しないことが…リスク
リスクを払って
リターンを得る
誰よりも早く、速く…

このことを、幼少期に
肌で感じ取っていたから、
リスクを背負って努力する
人間になってきたんだろうと
思います…。

リスクを恐れず、
努力を怠らず、
必ず結果を勝ちとり、
楽観にして豪胆…
やっぱ、そういう人って、
カッコイイですよ。
尊敬せざるえない…。

で、
尊敬していけばイイんです。
カッコイイと思っていい。
そういう人を目指していい。

そういう人たちの居る
輪に入れるようにすればいい。
そっち側の人たちとだけ
付き合っていけばいい。
そういう人たちが、
上り階段の場所を教えてくれるのです。
だったら、
いや、だからこそ
アナタの思い描く
お金持ちとか、幸せは
その先にあるんです…。



自分の「脳内」には、
幸せって、無いのです。
尊敬できる人の輪の内側に
もしくは、その先に、
幸せって、あるんですよ。
自分一人で掴み取れるものでもない。
でも、少なくとも
自分が変わらないと掴めないのです。

人間っていう生命体は、
遺伝子レベルで、
単一個体で進化しないという
社会性を選択をしている生命体なのです。
逆に、そこを強みとして進化してきた
生命体なのです。

安いモノを追っかける…
そんなことしていると、
「そっち側」の人たちに
避けられちゃうし、
認めてもらえないし、
輪にいれてもらえない…。
仲間として、迎えてもらえない。

安いモノを追っかける…
それが、悪いコトとか、
そういう問題じゃなくて、
「脳」のモードの問題なのです。

脳が、
プラスのスパイラルのモードに
なってないと、
そっち側に入れてもらえないのです。

つまりは、
安いモノ追っかけてると…
イコール、脳が、
マイナスのスパイラルのモードに
なっていると…
脳は、社会は、それにふさわしい
ド底辺の最下層まで、
いざなってくれるのです。
単純に、お望みどおりの
結果にしてくれるのです。
つまりは、
お金持ちには
どーやっても、なれないのです…。


 どの本能を覚醒させて
 どの習性で生きていくのか…


なんていうか、
ワタクシの
極端な意見なんですけど、

脳…っていうか、
遺伝子レベルで、
人間って、あらゆる階級を
務める本能を
あらかじめ備えているんです。

支配者階級の本能、
被支配者階級の本能、
お金持ちの本能、
貧乏人の本能、
勝者の本能、
敗者の本能、

基本的にすべて備えています。
ただ、人間という、種の存続のため、
勝者は必要だし、
勝者が出るためには
敗者が必要…
お金持ちが生きるためには
従順なる貧乏人から
搾取していく必要があるのです。

結局、それぞれの個体が
どの階級の…
どの本能を覚醒させて、
どの習性で生きていくのか…

コレに尽きるんじゃないかなって
思うのです…。



極端なハナシ、
蟻とか蜂とか狼とか猿とか
社会性を持つ生物と本質的には一緒。

単純に、志が低いと、
切り替えスイッチが
発動するのも、遺伝子レベルの
宿命なのです。

上層を目指さないなら、
下層で生きる習性が
発動するだけなのです。

それが、社会性を持つ種族の
進化の根源。


人間も蟻とか蜂と一緒です。
遺伝子レベルの現象なのです。

遺伝子にとっては、
どの個体が金持ちになろうが
貧乏になろうが、
どうでもいいのです。

人間という種の存続のために、
お金持ちになって、貧乏人を
支配してくれてもいいし、
貧乏人になって、
金持ちのために
死んでもらってもいい。



人間という種に、社会に、
少しでも寄与してくれればいい。
だから、高い志をもつ
個体を固定しない。
そこを、遺伝子レベルで指定しない。
だれでも、高い志を
持つことができるように
しているんです。


むしろ、
高い志を持つ個体を
遺伝子レベルで固定してしまうと
種の滅亡につながることが
なんとなく分かっているのかも
しれません。
そこが、人間という種の
環境適応能力なのかもしれません。

お金持ちの考え方と行動…
貧乏人の考え方と行動…
それらの細かい因果関係…
こういう行動をするから、
こうなんだ…っていうレベルじゃなく、

その人の
「志」が階級に見合った
「本能」を覚醒させたか

…が、すべて。

因果関係とかは、
そういうコトを超越した
「冷徹なる脳」が、
一瞬で演算してくれます。

ですので、人を見るときの
ポイント…っていうか基準において
ワタクシの…実感した結論は…

・本能の覚醒(・階級)
・冷徹な脳の制御(自制
・周囲の人の質(環境

この3つが人間の素養の現れだと
ホンキで思ってます。
これらの現れに、その人が
プラスのスパイラル状態に
なっているという「」が
「行動」となって現れているんです。

これらの根幹はナニっていうと、
ワタクシの結論は、
お育ち」だと思ってます。

家庭での教育なんですよ。
学校ではなく、あくまで家庭。

リスクを背負って努力する
その重要性を躾けられたか、否か。

すべてはココに起因するのです。

だからこそ、

貧乏の子は、
貧乏になりやすく、

お金持ちの子は
お金持ちになりやすいのです。

お金持ちの子が、
いい学校に行くのも、

親が周囲環境の重要性を知っていて、
子供も受験に勝ち残る努力家って
だけなんです。

そこには、財力っていうよりも、
良い家庭であるか?
つまりは、
「お育ち」の良し悪しなんですよね。


それと、余談なのですが、
一度でも、Aさんの見ている
景色を見て、プラスのスパイラルの
情景を見てしまえば、
安いモノを追っかけないための
戒めとか、思考法とか
必要なくなります。
結局、人間の習性とか、本能なので、
一度でも呼び起こされると、
もう、消えることないんですよね。

この本能を自覚すると、
マイナスのスパイラルに
堕ちないための、
絶対的なクサビを手に入れることに
なります。
自分の経済的価値を判断する、
絶対的な基準を手に入れることが
できるのです。

「習性」は、いくつかあるんですが、
司る冷徹なる脳はひとつだけ。
プラスのスパイラルの習性に
染まれば、
マイナスのスパイラルの習性は、
身を潜めるのです。


 分散・研究・実験・検証


結局、手っとり早く、
プラスのスパイラルに乗る方法って、
三段階あります。

第一段階に、「意志」
高い志とか明確な目標ですね。
ポイントは「高い」こと。
そして、「明確」なこと。
黒だろうが白だろうが、
変化しようが、構わない。
とにかく「高く、明確に」

第二段階に、
「払って、得る。早く、速く」
…ですね。
まずは一点突破と確立。
誰よりも頭ひとつリードする。

第三段階に、「分散」なんですけど、
払って得る、早く速く、
そして、多く
ってカンジでもあり、
コトバで説明しにくいんですけど、
世の中の経済成長という大規模な
プラスのスパイラルと
つながっていくためには、
ロープがいっぱい欲しいのです。



ロープって放っておくと
切れていくんですね。
崩れたりもします。
だから、それ以上に
新規のロープを張っていく
必要があります。
絶えず切れる前に
新規追加で張り続けていく
カンジですね。

やっぱり、「分散」も
お金持ちの習性ですね。
理屈じゃないです。感覚の問題。
荒ぶる龍のような
「世界」の経済成長に
しがみついていくには
ロープは1本とか2本じゃ
足りないのです。
足りないなら、増やす。
単純にそういう、「習性」
そうやって、いつの間にか
強い経済基盤を手にしてます。

とにかく、
お金持ちの習性の人って、
分散します。
そのために勉強します。
分散の本能が、勉強の欲求を
引き起こしてますね。
勉強っていうと、チョット
表現として問題あるかも
知れませんね。

学校の勉強とか、
受験勉強とか、ああいう
カンジではないです。
どっちかっていうと、
研究ですね。
自分の興味があること、
得意なこと、
趣味を掘り下げます。

掘り下げて収益化するための
研究です。
だから、パワーが有り余って
いろんなコトをテストします。
テストしまくります。
研究に実験はつきもの。
もう、そういう衝動を
抑えつけてられないって
くらいの勢いですね。

そんなカンジで、
ロープをいっぱい張っていくのです。
湧き出てくるようなイメージ。

二兎追う者…ではなく、
荒ぶる巨大な龍のような世界経済と
いくつものロープで繋がるような
ものです。

多く、イコール、分散
イコール、研究
イコール、実験ですね。
そして、結果を検証して…
っていうサイクルが回ると
プラスのスパイラルが完成です。


ワタクシは、
この、「検証」まで行くことが
決定的な差だと思いますね。

検証するから、気づくことができる。
だから、変わっていく。
変わっていける。
検証しないから、気づけない。
だから、変わらない。
変わっていけない…のです。





逆に、
脳が負の連鎖モードに
なっているときは、
本能的に分散を嫌います。
検証しないし、
実験しないし、
研究しないし、
分散しないし、
まるっきり真逆の…
最後の1本に「賭け」させられます。
最終的には、
その賭けを不戦敗させます。
削って、収束させ、ゼロにする。
勝ち目のないギャンブル、
当たりのないクジ引き
などを
好むようになっていきます。

そして、とにかく勉強しない。
努力する時間があるなら、
当たりのないクジ引きをする。
これらは、負の連鎖の習性なので、
自分を責めてもしょうがない…。
怠惰とか、勉強嫌いとか、
そういうレベルじゃないんです。

正の連鎖の脳に、
安いモノ追っかけるって、
行動が「無い」っていうのと同じで、
負の連鎖の脳に、
勉強をするって、行動が「無い」

削って、収束させ、ゼロにする…
この過程に「勉強」って、
無いんです。
無いから必要性を感じない。
そんな発想すら出てこない。

発想すらないから、
行動も起こらない。
だから、その人が怠惰だとか、
そういうことじゃない。
それ以前の問題なのです。

正の連鎖の習性は
価格でモノゴトを決めない…
っていうのと同じくらいに
負の連鎖の習性は
勉強しない…
って、だけなのです。
怠惰を治すとか、
勉強嫌いを治すとか
そういう問題、レベルの
ハナシじゃないんです。

負の連鎖の習性にとらわれていると、
「勉強しない」が、
当たり前なんです。
って、ゆうか、
それこそが「正義」なんです。

削って、収束させ、ゼロにする…
すべての知識と財産を捨てさせる
この過程では、勉強って、
「害悪」なんですね。

知識をゼロにしたいのに、
新たな知識を吸収する行為なんて、
せっかく、今までの、
ジワジワ底辺に沈み込ませるのに
所要した時間を無駄にする行為。

だから、勉強が「無駄」って
判断をされるんです。

だからこそ、
他人に責められても、変わらない。
だって、
「無駄」な行為って認識ですから。
「害悪」な行為って認識ですから。
正義の名のもとに、
「勉強しない」のです。

そして、
自分を責めてもしょうがない。
自分のせいにしても、
なにも変わらないし、始まらない。
負の連鎖の脳に引き起こされる
行動は、自分のせいにしちゃ、
ダメなのです。
しているようにみえて…
させられている…
させられているんだから
自分のせいじゃない…
そこが、とても怖いのです。


研究しない。テストしない。
負の連鎖は、宿主に、
勉強が有意義だと思わせない。
なんでもかんでも、
あらゆる可能性を殺し、
最終的に当たりのない
ギャンブルにしちゃう。


重要な選択を、
根拠の無いギャンブルにするまで、
落とし込みます。
宿主に余計な知恵を
身につけさせません。
正解を導く知恵を
身につけさせません。
裸城になるまで削るんですよ。

ゆえに、
「予防」を考えさせない。
「予防」にお金を払わない。
「保険商品」とかじゃなく、
「健康的な食事」とか
「良い歯ブラシ」とか
そんなカンジの予防。

正当なる「予防」を
勘違いな「節約」
無効化してしまう…。
これも、理屈じゃない。
「分散」を殺した結果。

「払わない」に通じるかも
しれませんが、
削減すべき「経費」と
削減しちゃダメな「投資」と
区別できなくさせるんですよね…

それは、
「節約」ってコトバを
使っちゃうことで、
区別しにくくなっちゃう…

んー、チョット違うかな…
節約ってコトバで
ひととくりにさせて、
区別させなくするってほうが、
近いかも…。

だから、分散を嫌う現れとして、
「節約、節約!」って、なっちゃう。
節約が悪いって言ってるんじゃなくて、
万年貧乏さんが節約、節約って、
言い出したとき、
結構な確率で、それは負の習性からの
指令だと思われます。

1本1本のロープって、
お金を払って、ロープを掛けて
リターンを得ながら、グっと張る
ようなカンジなので、
ロープが掛かっている
基礎を崩していく行為、
ロープを残さず切り刻んで
世の中の経済成長から
はがしていく行為、
これが、勘違いの節約の正体。



負の連鎖の人は、
このロープを
自分で切っちゃっていくのです。
「節約」という、決まり文句で…。

困ったことに、7割くらいが、
切っちゃマズい
投資だったりするんです。
でも、しょうがない…
それが負の連鎖の習性なんだから。

おかしなコトになっていくんですよ。
節約して、出費は大幅に削減したのに
なんだか、思ったほど口座の
残高増えなかったね…って。
それもそのはず、
すでに効果があって、
実際に現金を生み出していた投資を
バッサバッサ切りすぎて、
収入が減っているんです。

ムダを集めて、整理するのは
良いことです。
でも、貧乏さんの「習性」がある限り、
集めたムダの内訳が、
7割は、実は重要なロープに
なっているのです…。

なんで気づかないのか?
検証しないからなんです。
切りっぱなしなんです。
支出ばっかり気にして、
リターンのことを検証しない…。
これで、負の連鎖に落ちます。
なんで、検証しないの?って、
それはもう…言うまでもないですよね。

勘違いの節約で、
ロープ…つまり、
利益のサイクルを放棄したり、
予防策への予算カットを行う行為は、
負の連鎖が、「分散」を嫌う
決定的な現象となっています。

ここで、気をつけたいのが、
「太く、強く」と、
「細く、多く」と、
どっちが大事なの?
って言われて、

どっちだろう…?
って、考えるコト自体、
すでに危険です。
ふと思った…とか、
コレが危険なんです。


どっちか選ばせて、
一方を捨てさせるという、
負の連鎖からの指令です。
…怖いでしょ?

百歩譲って、
比較することはいいとしても、
この場面で、
選んでたらダメでしょ。
一方でも捨てちゃったらダメでしょ。

仮に、「太く、強く」を
選んでも、次は、
「太く」と「強く」で
選択を迫ってきます。

そうやって削ってくるのです。
そもそも比較したらダメなコトを
比較させてくるんです。
比較しろって囁いてくるんです。
絶対に死守すべきモノを
捨てさせようとしてくるんです。
目的を見失わせようとするのです。
これが、勘違いな節約の正体。

正の連鎖の脳ならば、
ロープは、どんなモノでも大事。
太かろうが、強かろうが
細かろうが、多かろうが、
とにかくロープは貴重。
どっちが、とか、
比較して、とか、
そんな発想が出てきません。
だって、すべて、
死守すべきモノなんですもの。


 吉兆を育む





プラスの脳の習性って、
とにかく宿主を
戦いに挑ませます。
挑戦ですよ。
勝つか負けるか以前に、
とにかく「挑戦
そして、「志」に忠実。

マイナスの脳の習性って、
とにかく宿主を
逃避」させます。
「不戦敗」と「隷属」
そして、「志」への反逆。

」と「」…
よく似た字ですが、正反対です。

でも、乗っている字は…「
つまり、「兆し」(きざし)です。

兆しを手にして挑む。
兆しを流して逃げる。

じゃぁ、兆しってナニ?
高く、払う、得る
早く、速く、分散…です。
プラスの脳は、この兆しが
大好きで育成します。
反面、マイナスの脳は、この兆しが
大嫌いで、刈り取りにきます。
瞬殺です。

プラスの連鎖…
第一に、志を高く
第二に、払う、得る、早く、速く
第三に、多く(=分散=研究=検証)

ここまでくると、
実験、結果検証、そしてまた研究
っていう、プラスのスパイラルが
完成します。こうなると、
行き着く先は、十中八九、
「勝利」です。
これが、お金持ちの人の勝ち方。
っていうか、生き方。

ワタクシは、これらの要因を…
高く、払う、得る、
早く、速く、多く…を、
吉兆」という表現を使います。
正の連鎖は、この、
吉兆を育む(はぐくむ)こと。
ま、ワタクシの造語なんですけどね。


 負の連鎖の
 行き着く先は不戦敗
 敵がまるで見えてない


負の連鎖…
これ、本人が悪いんじゃない…
「能力」の問題じゃない…
本能が、逃避させ、不戦敗となり
下流に隷属するハメになります。
どんなに「能力」を磨いても
高い能力の、ド底辺
なるだけなのです。

高い能力を身につけても
それを発揮させない立場に
させられてます。
全敗して下層に堕ちるために
能力を発揮させず、
不戦敗となるように逃避させ、
下層に堕ちて社会の養分に
させられるのです。
そういう習性が発動してます。



もし、もしですよ、
今、貴方が、

自分は、どうも評価されていない

…って思ったら、

負の連鎖にとらわれてないか
確認してみてください。

安いとか無料とか、
追っかけてませんか?

節約とか言っちゃって、
食事のランク落としてませんか?

自分の能力に自信があるのなら、
きっと、
貴方の能力は高いのです。

でも、
いつの間にか
向いてないことを
無理やり
やらされている気がする…
だから、
能力を発揮できない立場に
なってる…

発揮してないから
評価されない。
挑戦してないから、
結果が無い。成果が無い。
勝ちとか負けとか関係無い。
なんにも無い。
ナニゴトも起きて無い。
何も、起こって無い。
いつの間にか
起こそうとも思って無い。


これこそ、まさに
「不戦敗」なのです。
下向きのままの
冷徹なる脳の目指したカタチ。

どうして、こうなった…?

考えたってムダです。
多分、負の連鎖の脳になってます。

脳のモードが
マイナスのスパイラルに
なっている限り
行き着くところは
「不戦敗」なのです。

どんなに能力を磨いたって、
どんなに日々の生活を改めたって
行き着くところは
不戦敗…。
能力高い、底辺…なのです。
なまじっか、能力が高いからこそ、
下向きの冷徹なる脳も、
困ったコトに優秀なんです。

だからこそ、
思い出してみてください。

安いモノ追っかけてませんか?
勘違いの節約してませんか?

研究とか、実験とか
なんにもしてないんじゃないですか?
だから、検証してないんですよ…
今現在の自分の立ち位置を。

安いモノを追っかけてるから
底辺になっているんじゃ
ないですよ。

勘違いの節約しているから、
底辺になっているんじゃ
ないですよ。

貧乏人の習性に支配されている
人間の行動のひとつとして…
安いモノ追っかけたり
してるんです。

もともと底辺の人を
底辺から脱却させないために、
安いモノを
追っかけさせているのです。
そして、一切の
勉強をさせないのです。

つまりですね、
ナニがなんだか、
わかんないけど、
貧乏人の習性に導かれて、
いつの間にか、
不戦敗の立ち位置に居るのです。

鶏が先か?卵が先か?
よくわからない…
右か左か…よくわからない。
東か西か…よくわからない。
自分は底辺に堕ちてきたのか…
それとも、
もともと底辺だったのか?
そもそも、
俺は底辺なのか…?
っていうか、
底辺って、いったい何?

もう、なにから何まで
わからないけど、
いつの間にか、
不戦敗の立ち位置に居る。
誰からも評価されない自分が居る。
唯一コレだけが確かなコト…
どうして、こうなった?
…の、堂々巡り。

って、いうくらいに、
貧乏の習性って厄介なのです。
なにからなにまで
中途半端になっちゃいます。
放った矢が刺さらない、
ロープを掛ける場所が見つからない。
ロープそのものが、みつからない。
なにがなんだかわからない。

よくわかんない、から
よくわかんない、ままで、
ずっと、不戦敗の立ち位置に
留まらされているのです。

なんで、こんなに
わからないコトばっかりなの?
だって、
わからない、まま
しておくんだもん。
検証してないし、
実験してないし、
研究してないし、
勉強の意義も知らないし、
勘違いの節約で、
ロープを全部切っちゃうし…

もう、つかむところ無いんです。
宙ぶらりんのまま、
底辺まで、ゆっくり
沈んでいくのです…。

まぁ、ワタクシも、ずっと、
そんなカンジでしたから。
なんていうか、
右往左往して立ち往生。

以前の負の連鎖に堕ちていた
ワタクシは…

勝ったことがなかった。
だって、
挑戦してなかったから。

挑戦したことがなかった。
だって、
万年不戦敗の立ち位置に
いたから…

敗戦にしてることにすら
気づいてなかった…
だって、
土俵に立ったことすら
なかったから…

負けたことないのに、
数万敗したことになってる…

いや、そうじゃなくて、
負けてる実感がないまま
数万敗してたのです。

結果、
ゼロ勝、数万敗の選手の
できあがりです。
数万戦して、勝ち星ゼロ。
内容はすべて不戦敗なんて、
評価されるワケないですよね。

どうして、評価されないの?
って、勝ち星ゼロなんだから
当たり前だろってハナシ。

そして、
恐ろしいことに、自分が
勝率ゼロ、敗率100%ってことに、
気づいてない。
気づかせない…
それほどに巧妙なのです。
それが、負のスパイラルの
恐ろしさ。
のほほんと過ごしたり、
もんもんと悩んでいる間に、
黒星だけが積み上がっていく
恐ろしさ。

自分にまったく
身に覚えが無いのに
「無能」以下の「有害」に
指定されている不可解さ。
そして、その状況に、また
不満が増していきます…。

ヘタするとですね、
勝負ってナニ?
戦うって誰と?
ってカンジで、
敵がみえてない…っていう
状況になっているほどに、
志を忘れてしまっている場合が
あります。

ワタクシたちは、
一定の年齢に達し、
社会人となった、その日から、
世の中の全てに対し、
利益の獲得競争、
成長と進化の競争に
晒されているんですよ。

時間無制限、ルール無制限の
生存競争に24時間365日
身をおいているのです。
相手は、顔が見えてる
見えてないに関係なく、
360度全方向、
そこらじゅうにいるのですよ。
常に自分の射程に誰かがいて、
常に自分も誰かの射程に
入っているのです。

名前も知らない、
存在すら定かではない…
でも、見えないけども、
世の中のどこかに、確実に存在する…
そんな相手との小競り合いに
参加しているのです。

負のスパイラルに
とらわれていると、
そんなことすら、
忘れさせられているんです…。
敵がいるって…コトを
完全に忘れてたら、
そりゃぁ、勝負にならないし、
そもそも、誰にも勝てないよね。

貧乏で、底辺で、他の人に比べて
お金がないってコトは、
生存競争の戦利品がないってこと。

勝って得るべき戦利品が
何ひとつ無く、
負けて奪われ戦利品が
何ひとつ残ってない。
…こんな状態。
貧乏って、この状態。

敵の正体も知らないまま
砲撃喰らって撃沈して、
掴むべきロープも全部自分で
切っちゃって、
海底に沈んで浮かんでこれない
みたいな状況です。

負のスパイラルに
とらわれると
そんな状況にすら、気づかない…。
すべて負の習性に…
まんまとハメられちゃったのです。
させられちゃったのです。
まずは、そこに気づくべき。

重ねていいますが、
コレ、本人が悪いんじゃない。
だから、自分を責めたって
しょうがない。

だって、
能力が劣っていたワケじゃない。
純粋な勝負に負けたワケじゃない。
臆病風に吹かれて
敵前逃亡してきたワケじゃない。

習性の問題なのです。

戦場に遅れて、
不戦敗で、のこのこ帰ってくる
っていう習性。

試合当日に寄り道しちゃって、
そのまま試合を忘れて
帰宅しちゃう習性。

トコトン負のスパイラルに
ハメられているんです。
目標を完全に見失う…習性。
志が思い出せなくなる…習性。

索敵も、現在位置確認も、
させてくれないっていう習性。

そして、
低能な敗者、卑怯な臆病者、
それ、以下の評価
なっちゃうのです。
そしてまた、
どうして、こうなった…?
…の、繰り返し。

これで、負のスパイラルの完成です。



判断規準として…

リスクをとらないことが…
リスク。


コレに、100%、完全に、
疑いなく、魂の奥底から
同意できない場合、

多分、アナタは、
Aさんの見ている景色を、
まだ見たことがないはずです。

まずは、
そこから始めてみませんか?
人のハナシで納得するものでは
ありません。


リスクをとらないことが…
リスク。

イコール、
戦場に着かないことが…
リスク。
勝負に参加できないことが…
リスク。

戦場で勝負してないから、
低能で卑怯者…それ、以下の
評価になっている…。

単に、このことが
気づいてなかっただけ。
見たことなかっただけ。
身に染みてないだけ。
実感してないだけ。
食べたことないモノの
味なんか、わかんないのです。
食べことあるか、ないか。
見たことあるか、ないか。

だから、頭がイイとか悪いとか、
そういう問題じゃない。
この記事を読んで、
理解できるとか、できないとか、
そういう問題じゃない。

自分で、「覚醒」するものなのです。
UFOとか、ネッシーとか、幽霊とか、
見ちゃったよ!
ってゆうのに、
近い感覚…なんだと思います。



まぁ…、ワタクシは
UFOも、ネッシーも、幽霊も
見たことないんですけどね。
でも、Aさんの見ている景色は
垣間見た。

だからこそ、
持っていた常識が変わった。

あるワケない世界が
実際にあったコトを
この目で見ちゃった。

Aさんの見ていた景色と
ド底辺のワタクシが
見ていた景色が
違うってコトを
実際に目にしちゃったのです。

その瞬間、
「信じられないコト」…が、
ありふれた事実になった。
あたりまえの世界になった。

その瞬間、
貧乏人の「習性」と、
金持ちの「習性」は、
別々に存在すること。
ほとんど真逆の性質があること
そして、程度の差こそあれ、
誰もが秘めていることを
生まれて初めて知ったのです。

ワタクシの場合は、
Aさんの行動をマネしてみた。
そのなかの、
安いモノを追っかけない行動を
マネてみた。
安いモノを追っかけることを、
故意にやめてみた。
そしたら、Aさんの見ている
景色がチョット見えた。

高く、払う、得る、
早く、速く、分散…。
とにかく、
負の連鎖モードの脳は
これらを、
悪魔的なほどの
驚異的な勢いで殺しに
かかってきます。
これこそが、自分の敵
こういう習性が「ある」と
いうことを知っておくべき
なのです。

アタマが悪いから、底辺。
…ではないんです。
能力低いから、底辺。
…でもないんです。
単純に、底辺の習性に
支配されているからなんです。
そのことに自覚できてないんです。

貧乏人の「習性」の他にも、
お金持ちの「習性」って、
別に存在するんだって事実を
まだ見たことないだけなんです。


 志と習性の
 向きを揃えましょう
 冷徹なる脳は基本下向き


ここまで来るとですね、
世の中の精神論的な
ありとあらゆるコトバも、
ある程度は、
納得できるようになります。
ほとんどすべて、
「志」と、「習性」の向きを
そろえましょうよって、
ハナシなんですよ。きっと。

たとえば…

自分の敵は、自分の中…
っていうのも、
意識と習性のベクトルが
向いている方向が逆って
ことなんですよね。
ぶつかりあってるか、
引っ張りあってる…

お釈迦様の手のひらの上…
っていうのも、
表面意識より、
下向きの冷徹なる脳のほうが、
一枚上手で、
たえず先手を打たれてるって
ことに近いでしょう。

押してもダメなら…
ってのも、
負の連鎖の指示を無視して
逆のコトをしてみましょう
ってコトに通じますね。

志を高く持て…
ってのも、
結局、冷徹なる脳の
向いてる方向を変えられるのって
高くて強い「志」だけなんです。
冷徹なる脳って、
基本下向きなんです。
下向きで底に突き刺さってます。
しかも、そんな下向きの状態でも
止まってくれない。

底辺向かってまっしぐらの
まるで、超高性能掘削機。
だから、負の連鎖は
どうにもこうにも止まらない。
冷徹なる脳を、
敵に回しちゃダメなんですよ。
勝ち目なんてないんです。
反面、上にさえ向いてくれれば
あとは、安泰。

でも、多くの貧乏さんは
この「冷徹なる脳」の
ベクトルの向きの変え方
よく知らない…。

だって、その方法は
自分一人で見つけられないように
なってます。
尊敬できる人を見つけて
その人を目指して、
初めて気づくような仕組みに
なってます。

遠いのです。遠い領域。
とにかく、遠いし、まわりくどい。
恵まれた人か、幸運な人しか、
たどり着けないように
仕組まれているのです。


 「比較」自体が
 悪いんじゃない


ここまで読んでくださった方なら
分かって頂けたと思いますが、

「比較」すること自体が
悪いんじゃないです。
生きていく上で「比較」しなきゃ
いけないときって、
いっぱいあります。

負の連鎖の「習性」が、
宿主自身の、本来の目的とか、
志を忘れさせる」ために、
どのタイミングで、
どんな行動をとらせるべきか?
どういう指令を出すべきか?
ってときに、

モノを買うタイミング…で、
成長や利益に寄与するのモノ
…ではなく、
単に、安く、粗悪で、
絶対に成長に寄与しないモノを
選ぶように、
比較検討させて、安い方を
選択させている…
って、ことです。

トコトン成長の兆しを避けて
選ばせています。

「利益出せる、高品質」なモノと、
「利益出ない、粗悪、偽者」なモノを、
比較させて、
粗悪品を選択させようとしても、
さすがにそれはムリ。
バレる。

だから、しれっと、
「高い」と「安い」の選択に
すり替えちゃうんです。
「安い」モノは、
粗悪な可能性が高いから。

払わない、払わせない。
安く、安く、安く。
お金を失わない変わりに、
とてつもなく
大事なものを失わせるのです。
成功の可能性を買わせない。
幸せを手に入れさせない。

1年越し、5年越し、10年越し…。
削って、削って、削って、
切って、切って、切らせて、
捨てさせて、失わせて…
結果、取り返しのつかない
レベルまで堕とされます。
先述の、Bさんみたいに…。

無条件に、安いモノが悪いって
言ってるじゃなくって、
安いってことは、
利益や成長のチャンスを潰す
粗悪品である可能性が高くなる
からなんですね。

志を忘れさせるために、
モノを買うタイミングで
価格の比較させると、
効果絶大で、長期的には
底辺転落が確実ってコトを
負の連鎖の「習性」は
知っているのです。
先述のBさんのようなカンジです。

別に比較なんて、
しなくてもいい場面で、
わざわざ、させてくるのが、
負の連鎖の習性。
つまり、干渉してくるのです。

(利益に寄与する)良いもの
…より、
(利益に寄与しない)安いもの
…のほうが、イイよね?

って、
「ふと、思わせる」のです。
吉兆を殺してきます。

なんのために?

宿主に「利益を得させない」ために。
宿主を「底辺永住者」にするために。
宿主を「世界の経済成長」から
引き剥がすために。…です。

なんで?

志の低い者は、
そこが「定位置」だ…って、
社会の養分となって
「隷属してろ」…って、
言ってきてるんです。

だれが?

自分の内に秘める
負の連鎖の「習性」が…
負の連鎖の「本能」が…
…って、こと。


それって、ひどくない?

でも、
人間の遺伝子を残していくには
少数の勝者のために
多数の敗者が必要なのです。


志を基準に、
上と下を分けるのです。

人間っていう種族の
遺伝子レベルの習性
なんだから、
しょうがないよね…ってこと。

でも、
上と下は…
遺伝子で固定してないよ。

天は、
人の上に人を造らず
人の下に人を造らず


上か、下かは
自分の志…次第。
そこに選択の自由が
存在しているのです。

福沢諭吉先生も、
上か、下かを決めるのは
天じゃなく、
結局「自分」なんだって
おっしゃってます。
遺伝子で決定されるのではなく、
志で決まるもの。

貧しきもあり冨めるもあり
貴人もあり下人もありて


その差は、天が決めるのではなく
学問の習得にありって
おっしゃってますね。



1万円札の絵柄が
なんで福沢先生なのか
分かる気がしますね。

 まとめになりますが…
 プラスのスパイラルは
 吉兆を育む




プラスのスパイラルの習性なら、
良い兆しを秘めるモノは
すべて手に入れるだけ。
比べて、一方を選ぶんじゃない。
比べて、一方を捨てるんじゃない。
良い兆しを感じられるモノを
全部選ぶだけ。
反面、不要なモノは何も選ばない。

そして…
「買う」のではなく、
「手に入れる」のです。
だからこそ、そこに、
価格なんて基準は無いのです。

安いからとか、
無料だからとか、
そんなモノを追っかけるコトが
全く無いのです。

基準が…

「手に入れる」べき、
良いモノか?
「遠ざける」べき、
悪いモノか?
…それだけなのです。

リスクを払って、リターンを得る。
お金を払って、利益を得る。
悪しきを払って、幸福を得る。
払って、得る。

単純に吉兆を選ぶだけ。育てるだけ。






反面…
ワタクシのようなド底辺は、
ずっと、凶兆を選び、
しかも、ずっとそれを
大事に抱えてただけ。

リスクを払わないから
リターンが得られない。
お金を払わないから
利益が得られない。
安くて悪しきを払わないから
幸福が得られない。
払わないから、得られない。

ド底辺だったワタクシは、
「払わない」ことにかけては
誰にも負けなかった。
それがワタクシの「節約」だった。
ワタクシ流の経費削減だった。

だから、
「得られない」ことに関しても
誰にも負けなかった。
入ってくる金額も「節約」されてた。
収入が削減されてた…。

つまり、
「得る」ことに関しては
誰にも勝てなかったのです。
経費削減したつもりが、
削減されてたのは自分の収入だった…

いや、されてたんじゃない…

そうじゃなくって、
自分の収入に
自分で制限をかけていたのです

これだから、
ド底辺の貧乏だったのです。
負の連鎖に導かれて
不戦敗の境地に居たのです。
自分の収入に
自分で制限をかけていたことに
ずっと気づいてなかったのです…。

勝って得るべき戦利品が
何ひとつ無く、
負けて奪われ戦利品が
何ひとつ残ってない。
…こんな状態。
以前のワタクシって、この状態。


なんてことはない…

裕福になる人は、
「裕福になるんだ」っていう
目的とか目標とかを
常に明確にして
見失わないだけ。

反面、ワタクシみたいな
ド底辺貧乏は、
裕福になりたいっていう
欲望全開なくせに、
目的とか目標とか
すぐに見失っちゃうってだけ…。

価格が高いとか、安いとか、
そんなコトで、
物事の本質の…
すべてを見失っちゃうだけ…。





まとめになりますが…
ワタクシのような
貧乏さんは…

意志は、ほどほどに、上向き。
でも、
習性は、がっつり、下向き。
ゆえに、万年、不戦敗。

意志よりも
習性のほうが、
はるかに強靭なんだから、
勝てっこない。
味方にする以外、ないのです。

習性の向きを変えるしかない。
意志と同じ向きにするしかない。
意志を強くし、
習性を上向きにするしかない。
そうやって、味方にするしかない。

でも、それは、
自分一人ではできない。
尊敬できる人に導かれて
はじめて成し遂げるための
ヒントが得られる。

負の連鎖の世界しか
知らないなら、絶対に、
他に逃げ場は無いのです。
プラスのスパイラルの世界が
あることを知ってください。
負の連鎖、以外の場所が
あるってコトを知ってください。

恥じることない。
だって、
食ったコトないモノの味なんて、
わかるワケないんですから。


…っていう、オハナシでした。


このページの前の方で…

実は…お金持ちも、貧乏さんも、
保有している「金額」で
判断しているんじゃなくて、
なにか見えない「別の基準」で
動いている、動かされている



特に、貧乏さんの場合は、
「金額」で
判断しているようにみえて、
実際は、別の基準で、
判断させられています。
その結果、安いほうを
選択させられています。

…という記述を
させてもらいましたが、
いまなら、
おおむね賛同できるのでは
ないでしょうか?

貧乏だからって、
自分を責めるのは酷なんです。
過酷なんです。

しているようにみえて…
させられているんです…

だから、自分を責めるのは
チョット違うよね…
自分を責めても、
なんにも変わらない
ってことが
わかってほしいのです。

自分を責める…
自分で責任をとるって行為自体は
人間にとって、必要であり
尊いことです。

でも、
自分を責めても
なにも変わらないってことが
分からないままで、
自分を責め続けるってコトは、
すでに、
負の連鎖に堕ちているってことは、
分かってください。

変わりたいなら、
変えなきゃいけないトコロを
変えましょうよ。

どこを変えるべきか?
ワタクシがアナタに伝えたいこと
…もう充分、伝わりましたよね?


個々の「習慣」レベルじゃない、
「習慣」の根幹である、
脳の「習性」を染め替える。
志に見合った「本能」を覚醒させる。
そのために、
見るべき景色は…?
追いかけるべきは…

…って、オハナシです。


今回のオハナシは、
かなーり、上から目線の
内容となってますが、
理屈から攻めても、
冷徹なる脳に響かないんです。
因果関係の演算で、
冷徹なる脳に勝てるモノなんて、
この世にないですから。
他人の書いた文章を読んで
納得できるんだったら、
それで、変われるんだったら、
苦労はないですよ。

だからこそ、
もっと、表面的な、
イラっとする内容に
イラっとしてくれる領域、
ココロとか、
感情に近い領域

届くように、
あえて辛辣な内容としてみました。

そして、できるだけ
「イラ」とか
「ムカ」を感じる領域に、
感情として動く領域に響くように、
同じ内容のハナシを
表現を変えたり、
角度を変えて、くどいくらいに
何度も繰り返しました。
どこかで、どこかしらで、
ナニかしらのカタチで
響いてくれたりしたら
うれしいのです。

って、いうのはですね、
「イラ」っていう感情は、
アナタ自身の知性が
引き起こしてるんじゃなく、

負の連鎖の習性が、
ワタクシのコトバに
共感させないため
引き起こしています。
火花とか、悲鳴とか、
そんなカンジ。
負の連鎖がダメージ受けてるんです。

「イラ」って感じるほどに、
アナタの魂を閉じ込めている
負の連鎖の殻は、
剥がされているハズです。

その証拠に、
もう一度、このページをアタマから
読み直してみてください。
不思議なことに、
もう、イラっとしませんから。

そして、この文章で、
イラっとしたことをキッカケに、
アナタの周囲のスゴい人を
見習って、より大きな感動に
遭遇して頂きたいと思います。

ワタクシのようなド底辺に
ならないために、
アナタの尊敬する人の行動を
徹底的に真似してみてください。

自分を責めるヒマがあるのなら、
アナタの尊敬する人の行動を
徹底的に真似することを
優先して下さい。

尊敬できる人なんて、
自分の心のなかで
勝手に設定しちゃえば
いいんです。

そして、吉兆を育むのです。





 あなたは、どちら?


しているようにみえて、
させられている…

させられているのに、
自発的にしている気になってる…

「良からぬこと」が起きたあと、
負の連鎖につながっていく…
じゃなくって、

元々、負の連鎖の
習性を持っているから、
「良からぬこと」が必ず起きる。
そして連鎖する。っていうか、
連鎖っていうよりも、
個別に、たくさん、繰り返して
自分でひき起こしている…。

まぁ、そんなカンジで…
たくさんの勘違いが
見えてきました…。
うんざりするくらいに
真逆なんですね…。

わざわざ、相場より高いのを
買えって言ってるワケじゃない。

不相応な高級品を無理して
買えって言ってるワケじゃない。

安いモノ追っかけるコトが、
悪いって言っているワケじゃない。
ただ単に、それが、
マイナスのスパイラルの「習性」
だってこと。

負の連鎖への
切り替えスイッチだってこと。

その行動こそ、
底辺世界の優良住人だっていう
「証」。
底辺世界の定住権を得るための
「義務」。

「証」を得る「義務」として、
「安い」モノ追っかけてるんです。

つまり、
その人の「脳」のモードが、
プラスのスパイラル状態に
なっているか?
お金持ちの「習性」と「本能」で
行動しているか?

細かい因果関係っていう
問題じゃなかったのです。
そこを勘違いしてた。

細かい因果関係なんて、
貧乏人が考えた
後付けの解釈なんです。

プラスのスパイラルの人は、
マイナスのスパイラルの
「習性」とか「本能」とか
持ってない。
もしくは、もう忘れちゃったのです。

だから、お互いに
ハナシが、かみ合わないし、
相互理解なんて不可能です。
だって、本能と習性レベルで
違うのです。どうにもなんない。

お金持ちの人たちは、
彼らの階級と立場にふさわしい
本能と習性で生きてるだけ。
そこに深い理由なんてない。

ド底辺なワタクシは、
貧乏人の階級と立場にふさわしい
本能と習性で生きてただけ。
そこに深い理由なんてない。



プラスのスパイラルの人は、
リスクを払って、
リターンを得る立場になる
習性があるだけ。
出資して、利益を供与される
習性があるだけ。
自分のビジネスを持つ習性があるだけ。
常に挑戦。



マイナスのスパイラルの人は、
リスクを払わず、
リターンが得られない立場になる
習性があるだけ。
出資しない習性があるだけ。
早くとか速くとか、
考える立場にならない
習性があるだけ。
他人のビジネスに寄生するしかない
習性があるだけ。
常に逃避。せいぜい協力か、寄生。

実際はこれほどまでに
シンプルだったのです。
因果関係とか、
マヂで貧乏人の後付け解釈です。
まやかしの「納得」なのです。

そして、その延長で、
世の中のカラクリとか、
立場と役割の違いなんてものが
見えてきたのです。

もちろん、給料についても
勘違いだらけでした。

リスクをとらないことが…リスク。
ノーリスク、ノーリターン。
ノーリターンこそ、本当のリスク。
利益が得られないこと、
成長ができないこと、
それが最悪の事態なのです。



その最悪の事態を迎えることにより、
法人は、破綻するし、
個人は、破産するのです。

…それが分かってない人間が、
給料の仕組みなんて、
理解できているワケがない。
利益が得られないことに
危機感を感じてないって
ことなんですから

利益に関して危機感もない…
利益に関して考えてもない…
考えてもないし、
寄与してもない…
そんな人材に、
そんな勘違い野郎に
高い給料が与えられるワケ
ないんですよ。





案の定、ワタクシは、
ありとあらゆることを
勘違いしてました。
あまりに勘違いしすぎて、
だから、ワタクシは、
安月給のド底辺だったのです。

その内容を、
次の記事、
【貧乏脱却実践編】
…に記します。

特に、
プラスのスパイラルって、
どういう状態?
自分にとって、
それはどういうことか?
…このことに、
一定の「答え」を「認識」して
読んでもらいたいです。

そもそも、給料安い現状は…、

プラスのスパイラルに
導かれた結果なのか?
それとも、
マイナスのスパイラルに
導かれた結果なのか?

収入が少ない…
ならば、節約…と、
ふと思ったのは、
プラスかマイナスか、
どっちからの指令なのか?

もし、プラスのスパイラルの脳
ならば、
収入が少なければ、
支出を減らせと言ってくるのか?
それとも、
収入を増やせと言ってくるのか?

給料という収入源1本に賭けろと
言ってくるのか?

給料は数ある収入源の1本に過ぎない
という状況を望んでくるのか?

どちらでしょう?

そして、今現在、
自分の「脳」の「習性」は
プラスかマイナスか
どっちでしょう?

それを意識しながら
次の記事…
【貧乏脱却実践編】を
読んで頂けると
いろいろスッキリすると
思います。
人生を好転させるヒントが
得られることでしょう。

以上、
【貧乏脱却上級編】でした。