物が多い人は、物に頼り
 お金が多い人は、
 お金に頼る




物が多い人は、
物を頼り生活しています。

お金が多い人は、
お金を頼りに生活してます。

財産の基準が、
「物」か?「お金」か?

単に、それだけの違い。


どっちが悪いとか
どっちが良いとか
ないのです。

ただし、裕福になるための
難易度に差があります。

貧乏さんは、
物が多いっていうけど
お金じゃなくて、道具を
頼りにしているので
あたりまえですし、

お金持ちは
モノが少ないっていうのも、
モノを頼りにしているワケじゃ
ないから、
あたりまえなんですよね。

物資と道具を重視するか、
お金と結果を重視するか、



モノと、お金、
どちらに価値を
見出しているのか?

モノを使うのが得意か?
お金を使うのが得意か?

単に、その違いなのです。

どちらが、裕福かって
問題でもないのです。

ただ…
能力が開花していない若年層…
保有する財産が少なく、
かつ、人的資産価値が発展途上の
社会人経験の浅い人たちが、

モノに頼る生き方を選択すると、
ものすごく、裕福になりにくい
という…
現実があるだけなのです。

 「道具」を買うか?
 「結果」を買うか?


物資を重視して、間接的に
「道具」を買うか?

お金を重視して、直接的に
「結果」を買うか?

「移動」の考え方で
違いが顕著に出るんですけど…



モノに頼る人って、
基本的に、「道具」を
先に入手するんですよ。

車を買って、
ガソリン買って、
維持にお金を使って…
自分で運転して…


逆に、
お金に頼る人って、
直接「結果」を買っちゃうのです。

タクシーとか、
電車バスとか、
結果が、お金で買えるなら、
すべて他人にやらせて
道具を持たないんですね。




「自炊」についてもそうで…

材料を揃えて、
道具を揃えて、
時間を使って、
自分で作ればいいって人と、

うまい飯は、
お金を使って、
そういう店に
行けばいいって人と、

やはり、別れちゃうのです。

重ねて言いますけど
どっちが良いとか、悪いとか
そういうんじゃないです。

お金を使って、
「道具」を買うか?
「結果」を買うか?

道具を使って
「自分」でするのか?

お金を使って
「他人」にさせるか?

目的を達成するための
ルートが異なるってことです。

そこには、
どっちが好きか?
自分には、
どっちが適しているのか?

道具の使い方に長けているのか?
お金の使い方に長けているのか?

自分の持つ「知恵」は
どっちの方向に進めば
最大限、発揮できるのか?

道具を使って
自分の時間を使って
富を生むのか?

お金を使って
他人に時間を使わせて
富を生むのか?

売ってる加工品を
買わずに、
自分で加工して、
コスト削減した差額
富とするのか?

売ってる加工品は
買っちゃって、
自分は別の得意なコトで
利益を生み出すことを
富とするのか?

どっちが良い、悪いという
問題ではなく、

どっちもアリで、

どっちが得意か?


…っていう問題なんですね。

お金で…
道具を買って、
材料を買って、
自分の時間と、
自分の能力
出来上がりが自分の技量次第の
どっちかというと不確定
「結果」を追い求めるのか、

お金を払って、
他人の時間と
他人の能力で
他人に品質を保証させた
ほぼ確実
「結果」を買うのか、

どちらが
自分の目標を満たしてくれるか?
って、ハナシなのです。

 モノを重要視する人の
 最終到着点




モノを重要視する人は、
やはり、
「道具」を使って
「富」を生むっていう思考です。

さらに、
道具を使って「自分で」する
…っていう傾向もあります。

道具をたくさん持つことに
価値を見出しているので、
お金の使い方も…

たくさんの物資を保有するために
使います。

お金より、物資に価値を
見いだしています。

お金を貯めるんじゃなく、
お金を使いきって、
モノを貯めます。

お金…金額としての数値は
あくまで、中間地点であり、
最終的には、
実際に物資を買い付け、
物資の総量を財産の基準とします。

そして、
その膨大な物資を保有するために
大きな土地を選びます。
広い部屋などです。

そのために、
郊外の安くて
広い部屋を探します。

郊外なので
移動のための車を保有します。

郊外で生きるには
ますます、
道具を使って、
自分でするっていう
思考が強くなっていきます。

周囲の人口が少ないし、
お店も少ないですしね。

このタイプの人は、
あんまり
現金が必要ありません。

道具を使って
自分でするので、
あんまり
現金が必要ないのです。

実際問題、
自分の時間を使って、
なんでも自分でやろうとするので、
就労に時間や体力を割けず、
自然と、低収入の方向
傾いていきます。

でも、
基本的に、生活スタイルが
自給自足に近いので、
現金があまり
必要ないんですけどね。

だから郊外に住むことが
向いているんです。

現金収入は頭打ちでも、
そもそも、生活のコストが
少なくて済む…。

道具と材料と時間と能力
を使って、自分で出来る。

お金の流れから
遠く離れても、
自分のチカラで
生きていけるのです。

 お金を重要視する人の
 最終到着点




モノより、
お金を重要視する人って、

お金を使って
「結果」を買ってしまいます。
道具とか保有する必要を
感じてないんですね。

そして、
お金を使って
「他人」にやらせます。

そして、他人にやらせた
「結果」を買うと同時に、
「自分の時間」を得てるんです。

そして、「得た自分の時間」を
売って、また現金を確保します。
まぁ、就労ですよ。

使ったお金より、
売って得たお金が
多ければOKって生き方です。
そのために「知恵」を使います。
そのための「知恵」を磨きます。

もっというと、
「利益」を「買って」
生きてるんですね。

逆にいうと、
生きるために必要なコトって、
「利益」を「買って」れば、
なんとかなるのです。
それで、なんとかなる
世界なのです。

ってゆか、
利益を買ってると
赤字にならない。
黒字化しかできない。

もともと、
赤字にならない生き方
…をしているのです。

わざわざ、
「損失」を買わない限り
赤字になんて、なりっこない
って、考え方なのです。

100円しかないから
90円だけ使う…のではなく、

100円払って、
150円分の利益を得られる
時間を作るのです。

そのためには
当然、
郊外は不利で
都心部が有利。


人が、たくさんいて、
店が、たくさんあって、
対価としての、
お金がグルグルと
回っていて、

買う人、売る人が
たくさんいないと
成り立ちません。

自分に、たくさんのお金を
払ってくれる他人が必要で、
自分が都合よく利用できる、
たくさんの他人が必要なのです。

単独の能力で生きるためには、
Give&Takeしかなく、
つまり、街中だったり、
都心に定住するのが
都合がいい。

だから、
選ぶ部屋も
広さ、安さでなく、
立地」なのです。
利益が得られる場所です。
売ってる「利益」を、
簡単に買える場所。

広くて、安くて、郊外の
部屋を選んじゃうと、
生きるのに猛烈に不利で
死活問題なんですよね。

先ほど、モノを重要視する人は
道具と材料と、自分一人…
という基準でしたが、

お金を重要視する人の
最終到達点は、

「お金」を道具とし、
「他人」を制している。

「お金」次第で、多くの
「他人」を動かせる。

「道具」に対して「お金」
「材料」に対して「他人」

場合によっては、逆に、
「道具」に対して「他人」
「材料」に対して「お金」

「他人」を道具とし、
「お金」で動かしている

お金で、同時にいくつもの
コトガラ、案件を
並列に動かせるようになります。

そうすると、
そこから得られる利益は、
比較的…
っていうか莫大なものに
なります。

道具と材料と、自分一人で…
っていうのとは、
ぜんぜん違う次元の
成果を得やすいのです。

完全に、思考の基準が
「モノ」じゃないんです。

自分のために
他人を動かす。
たくさんの他人を動かす。
そのための…
道具が「お金」なんですよね。

人によっては、
他人を動かす材料、燃料が
お金という認識かもしれません。

道具と材料と時間と能力
…を使ってやるべきことを
お金を使って、
他人にやらせる…



感覚的に、
お金が道具で、
他人が材料なのです。

場合によっては、逆で
他人が道具で、
お金が材料かもしれません。

タイプによって、
人を制するために
お金を使うのか、

人を制した後に、
お金で動かすのか…

お金を「道具」とするか
お金を「材料」とするかで
若干の違いはありますが、

いずれにせよ、ここには、
自分の「時間」と、
自分の「能力」って、
必要ないのです。

自分の時間と能力を
使わないで
目的を果たしているのです。


お金のカラクリ…
いわゆる「経済」と、

他人を制する…
いわゆる「制度」を使って

目的を果たしているのです。

つまり…

自分でやる…んじゃなくて、

仕組みで考える。

仕組みを作ったり、
すでにある仕組みを利用したり
組み合わせて、

そこに、
他人をぶっこんで、
いくつも並列に物事を進めて
同時に多くの物事を進めて

一人でやるのとは
別次元の利益
捻出しているのです。

自分一人では
到底、得られない時間と、

自分一人では
到底、得られない能力で

自分一人では
到底、得られない結果を
作り出しちゃうんですね。

コレって…
なにかに似てません?

そう、会社の経営者です。

で、
材料と道具を与えられ
時間と能力を使わされる

それって?
そう、従業員なんですね。

「会社」っていう仕組みの中で、
「従業員」っていう他人を使って
「別次元の利益」を捻出する
「経営者」の立場になりやすい。

お金持ちになりやすい「傾向」
っていうのが、納得できると
思います。

今の時代、
お金を重要視する生き方は、

本人が望む、望まないに
関わらず、

社会や集団の上層に
向かっていきやすいんです。


道具と材料と時間と能力
…を使う「」の人たちが、

勝手に、
上層に押し上げてくれたり、
自ら下層に属してくれるんです。

それほど積極的に、
「裕福」になろうって
強く思ってなくても、
苦もなく、順調に成長し、
貧乏から疎遠になりやすい。

なんにも考えてなくて
努力とかしてなくても、
貧乏から遠ざかっていくのです。



なんにも考えてなくて
努力とかしてなくても、
人の上に立つ側
に、なっていってしまいます。

這い上がってるワケじゃなく、
なっちゃったって人が多いんです。

 難易度が高いのは
 どちら?




ワタクシたちは…

なんでも生産できる工場を
保有しているわけじゃない。
そんな技術もないし、
そんな知識もない。

なんでも生産できる農地を
保有しているわけじゃない。
そんな技術もないし、
そんな知識もない。

つまりですね…
今の時代…てゆか、
はるか太古の昔から…
「道具」と「物資」に頼り、
なんでも、「自分で」やろうと
する生き方は…

とてつもなく
難易度高いのです。


だって、
広大な土地があって、
知識があって、
技術があって、
技能があって、
体力があって、
時間もある…

そんな人っていないんですよ。

生まれながらの
農業の天才で、
生まれながらの
工業の天才で、
体力バカで、
暴力も強くて、
しかも、
生まれたときから大地主って、
ほとんどいないのです。

反面、街中で、
「利益」を「買って」
生活するほうが、

すさまじく
難易度低いのです。

貨幣経済のシステムって、
能力低い人間でも
カンタンに、それでいて、
裕福になりやすいシステムであり、
大昔の偉人さんが発明した
すさまじく都合のいい
システムなんです。

つまり、物流システムと、
貨幣経済が充実した現在では、

モノより、お金を
重要視したほうが、
圧倒的に生きやすいし、
難易度も低いのです。

つまりは、
貧乏になりにくい。

貧乏はモノが多いっていうのも、
財産を増やすのに
難易度の高い生き方を
選択してしまった結果だし、

金持ちはモノが少ないっていうのも、
財産を増やすのに
難易度の低い生き方を
選択した結果なのです。

スタートが、
貧乏に「なりにくい」
生き方を選択したか、
否かの差でしかない。

たしかに、
江戸時代とかなら
通貨の信用も低く、
使い道も薄く、

当時は、
鉄道や自動車があったワケでも
ありませんから、
物流にも限界がありました。

大判、小判のような
通貨はあっても、
食べ物が手に入らない…
生きていけない…

お金はあっても、遠方から
物資が届かない…
物資や、
直接的に、食料を
保有するほうが
裕福であった時代も
あったでしょう。



通貨として、
金貨、銀貨よりも
「穀物」のほうが
信用できた。そういう時代。

でも、現在は違います。

現金の方が、価値の変動に強く、
なんにでも変えられ、
通貨として、ふさわしい反面、
物資の方が、
価値の下落が激しく、
価値が定まらないのです。

今の時代、
現金を保有するほうが
ロスがほとんどなく、
なーんにも考えなくても、
価値を保有しやすい反面、

物資で保有してしまうと、
どんなに賢くたって、
価値を維持することが
ほとんど不可能なのです。

どっちが、裕福になりやすいか
なんて、一目瞭然ですよね。

現金で価値を保ったまま
保有するか、

物資を買って、再販価格が
すごく下がった状態のまま
保有するかの
差なのです。

物資に中古の概念はあっても、
現金には、
そんなのないのです。

 超ハードモードを
 選択してませんか?




お金がないから…

安い材料を買って、
道具を買い揃えて、
自分の時間を使って、
自炊する…。

広くて安い部屋を探す…。

そのために
郊外に住む。

そして、通勤のために
自動車を所有する…

時間をかけて、
自分で運転する…

それって、
よりにもよって
難易度高いほうを
選択してませんか?

「道具」を使って
「自分」でする…
って生き方は、難しいのです。

社会人の初期段階での
蓄財方法としては
カナリ不利なのです。

超ハードなルートに
まだ若くて、
能力的に未完成で、
稼ぎが悪いヒトが
進んじゃって、

生き残れます?

ほぼ、無理っしょ。


だからこそ、
難易度の低い、
しかも、裕福になりやすい
ルートを選ぶほうがいい。

「利益」を「買って」
生きていくほうが、
難易度低いし、
のほほん…と生きてても、
ほっとけば、富も財産も
増えていくんです。

そのための、「知恵」を
身につけるほうが、
圧倒的にラクで、
現実的なのです。

お金を使って、
他人にやらせた結果を買い、
浮いた時間で
自分の得意なコトをして、
より多くの現金を得る…。

こっちのほうが、圧倒的に
ラクなのです。

道具に頼る生き方は、
自分自身の能力が
全知全能」の
万能選手であることが必要で、

お金に頼る生き方は、
自分自身の能力が
1点だけ」あればいい。

これだけ、難易度に
差がでるのです。

この難易度の差が、
財産の時価総額に
ジワジワと現れてくるのです。

モノに頼る…、イコール、
自分の能力に頼るって
生き方なのです。


お金に頼る…、イコール、
他人の能力を利用するって、
生き方なのです。

モノと自分の能力に頼る
延長には…
誰にも支配されない生活。

お金と他人を利用する
延長には…
大勢を支配する生活。

支配「されない」と
支配「する」は同じようで
微妙に違いますよね。



に頼る人は、現金という
通貨を信用せず、
際限なく、物に換えて
保有しようとする。

だから、安いもの、
使うかどうかも
分からない物でも、
大量に買っちゃう。

自分の時間を使いまくっても、
所持するお金を使いきってでも、
安い物を大量に買っちゃう。

財産の基準は、
あくまで、
」と「量」だから。

お金と時間を使い捨ててでも、
「物」を財産とします。
「量」にこだわります。



逆に、
お金に頼る人は
モノを所持することで…
保管に場所を使うことを
極端に嫌います。

使ってなくても
コストが消費されること、
その物を使うことで
自分の時間が消費されること、

これらを極端に嫌います。

財産の基準が、
お金」と「時間」だから。

物を使い捨ててでも、
「お金と時間」を財産とします。



に頼る人は、
もったいないの基準が…
「物」になってます。

まだ使えるんだから
もったいない…。
例え、
それが2度と使わなくても。
それを所持することで
コストを垂れ流しても。


お金に頼る人は、
もったいないの基準が
「お金」と「時間」。

自分でやる時間が
もったいない…
その時間のせいで
得られたはずの利益を
放棄してしまうのが
もったいない…

使うかどうかも
わからない物に
コストを消費されることが
もったいない…。


なにかを、「買う」ときの
基準も別れます。

モノや、サービスを購入するとき、
物資を基準とする人は、
」の多さに価値を置き、
より多くの量を得るために、
「安さ」も基準とします。

お金と時間を基準とする人は
自分の価値が高まる「」に
価値を置きます。
量なんか関係ないのです。
量なんて基準は1ミリたりともない。
量に欲求が刺激されないんです。
ゆえに「安さ」も優先順位が低い。

量と質、重視するタイプも
完全に2極化します。
「安さ」に対する優先順位も
全然違う…。
お互い、相容れない価値観と
なります…。


この2つの生活スタイル…

どちらの生活スタイルを
好むのか?
有利か?
適しているか?

若年層で、まだ十分な
給料を得られないヒトは、
能力的に「全知全能」に、
ほど遠いワケですから、

モノに頼る生き方…

材料を買って、
道具を買って、
自分の時間を使って、
自分の能力を使って、

しかも、
うまくいくかどうかも
わからない「結果」を
追い求めるのは、

難易度が高いんですよね。

「材料と道具」には、必ず、
「時間と能力」をつぎ込んで、
加工しないと、「結果」に
ならないんですよ。


自分の能力が
低いうちは、「結果」を
直接、買っちゃったほうが
ハズレがなく、

カンタンなのです。


家の中で、
材料と道具と
自分の時間、1時間を使って
300円分のコスト削減、
節約効果をがんばって出すのと、

外で1時間分の就労をして
時給1200円を得るのとで、

どっちがいいの?ってハナシ。

クルマを使って
1時間かけて通勤するのと、

その1時間を就労にあてるのと、

どっちがいいの?ってハナシ。

自分の「1時間」を
微細なコスト削減に使うのか?
大幅な収入増加に使うのか?

自分の「1時間」の価値は
300円って、決める?
それとも、
1200円って、決める?
自分としては、
どっちに決める?

裕福になりたい人
選択はどっち?
裕福になりたくない人
選択はどっち?


こんなカンジで、
順調に蓄財が進んでいる
若年層が、都心に留まっている
理由が、なんとなく見えてきたと
思います。

郊外に進んでいいのは
蓄財が終わって、
すでに裕福になった状態で、
なおかつ、
実力が身について
全知全能に磨きがかかった
年代になって、
初めて現実的になります。

平均をはるかに凌駕する
年収を安定的に継続的に
得られるようになって、
裕福な家庭が築けるように
なってから考えるべきなのです。

人によっては、
子を育てる環境として、
戦場から遠く離れるって
意味合いで郊外を目指すんです。

つまり、稼ぎが悪いヤツには、
10年早いってコト。

稼ぎが悪いなら、
まだ、戦場から離れちゃ
ダメなんです。

郊外の大きな御屋敷の
お金持ちって、
お金持ちになったあとに、
御屋敷を所有しているワケです。

元々、大きな御屋敷を
所有していたんじゃない。
そもそも、
元々、所有していたなら、
それって、生まれながらの
大地主ってだけなんです。

ですから、
お金がないから
郊外の安い物件を探すっていう
生き方は、
どっちかっていうと、
より…人生を難しくしている
ってことなんですよね。

順序が逆だと、難しくなる。

もちろん、生活に関する
事柄のすべてではないです。

あくまで、「傾向」ってだけ。

料理が得意だったら、
自炊すればいい。
自動車を所有することに
ある種の楽しみや
価値を見出しているなら
それでもいい。

そういうことを
否定しているワケではないです。
いい効果があるなら
むしろ、所有すればいい。

でも、
平均を大きく下回る年収…
年収350万円以下であるなら、
モノと、自分の能力に頼る
生き方は、
時期尚早の傾向があります。

生活コストを削減した
微細な差額を追い求めるより、
伸びしろのある
収入を増やすことを
優先したほうが、
効率のいい時期だと思います。

つまるところ、
難易度とは、効率のことです。

効率のことを考えると、
先に、平均的な年収を
得る方法を考えたほうが
よろしいと思います。

特に若年層で、
低所得の期間が長く、
生活コストの削減を主体に
生きてきた場合、
20代の後半で気づくと思います。

削減していたのは、
生活コストだけじゃなく、
自分の現金収入そのものと、
自分の可能性だったってことに。

若いころの
目的を見失ってる
過度の節約って、
減収と没落の始まりなんです。
削っていたのは、人生だった
ってことに、なりかねないのです。

 その選択の…その先に
 望む世界はありますか?




「モノ」と、「お金」…

「郊外」と、「都心」…

難易度の違いはあれど、
戦略的に、
どちらを選択しても
かまわないんです。

ただ、
その選択の先に…

あなたの
望む世界はありますか?

ちゃんと、理想にたどり着く
過程が見えてます?

なにが、いいたいのかと
いうと…

払いたくないから…
安いモノを追っかけたり、

節約とかいって
品質を下げたり…

その先に、
待っているコトが
ちゃんと見えてます?

お金がないから
安いモノ…じゃなく、

お金がないからこそ
なおのこと、
お金を獲得しなきゃ、
ダメじゃないのかな?

お金を獲得すること
リソースを割くべきでは?

…ってことです。

そこから目を背けて
未来はありますか…?

お金がないから、
自分で材料を買って、
自分で道具を買って、
自分の時間を使って、
自分の能力を使って、
成功するか、わからない
「結果」を追い求めていると、

本来、自分の求めていた
「結果」を見失っちゃうんです。

自分で作った「結果」は、
当初の理想の「結果」と
微妙にズレちゃってるコトが多く、

こういうことが続くと、
本当に必要だった「結果」から
離れてしまって、

しかも、いつしか、
それを許容しちゃって、


結果として、
「本来の目的」から、
とんでもなくハズレちゃうのです。

いわゆる、
本末転倒になっちゃう
可能性が大きくなってしまいます。

この、「本末転倒」が、ズバリ、
貧乏の原因なんですよね。

志のベクトルの向きと、
やってることの
ベクトルの向きが
ぜんぜん違う方向に
向いちゃってます。

自分では、それなりの価値を
築いてきたつもりが、
実は社会的には価値がない…。
この、ズレ。

初めからズレてたワケじゃない…
だんだんと、ズレてきちゃう。
そして、その変化に気づかず
過ごしちゃう…。

裕福になりたいって目的を
持ちながら、
いつのまにか、
本来の目的を見失っちゃって、

裕福になりたくない人の
選択をしちゃってるって人が
多いんだと思います。

モノを重要視する生き方は、
どんなに、頭脳明晰でも
この、「貧乏の原因」を
抱え込みやすく

お金を重要視する生き方は、
どんなに、低能無知でも
この、「貧乏の原因」を
抱え込みにくいのです。

くどいようですが、
モノを重要視するスタイルが
悪いって言ってるんじゃないです。

ただ、
モノを重要視する生き方は
難易度が高いんですよ。
自分の身分と能力
極めて高い人向けなのです。

 本質は…時間である。




モノとお金…
郊外と都心…

って、基準でのオハナシに
なってますが、

本質的なトコロは
モノでも、お金でもなく、

「時間」なんです。

自分で事業を起こしている人は
モノを直接、効率的に換金する
営業能力、事業才能があるので、
チョット当てはまらないのですが、

ワタクシのような、
従順なる子羊たち…
給料をもらう立場、
労働者である限り、


「時間」を生み出して、
「時間」を売るんです。
そして、すべては
「時間」の価格なんです。

自分の価値を決めるのは、
時間の…
得かた、売りかた、使いかた
なんですよ。

そのための過程として…
もっと、ハッキリ言っちゃうと、
自分の目的を達成するために
払う「対価」…つまり、
「通貨」として、

道具材料+労力+自分の時間
…を使って、差額を得るのか?

それとも、

ストレートに、お金だけ
…を使って、時間を得るのか?

結果、自分の売り物である
「時間」が手元に残るのは
どっちなのか?

固定的で微細な差額と、
無限の可能性を持つ時間の、
どちらを手にするほうが
有利なのか?


給料をもらう側の
労働者である場合、
時間に関する事柄が
本末転倒になっちゃってるのが
貧乏の原因です。

この「貧乏の原因」を知ると
もう、貧乏の方向へ向かわなく
なれちゃいます。

長くなったので、
続きは次の記事で…
【貧乏脱却上級編】にて
貧乏の原因について
言及します。

貧乏っていうのは…
トリックに気づかず、
トラップにハマり、
負のスパイラルに
囚われるんだって過程を
解説しちゃいます。

ワタクシが、
働けど、働けど、
貧乏だった時代から

のほほん…としてても、
そこそこ、お金が増えていく
生活スタイルに変わった原因、
思考の変化について
言及してます。

自分の時間単価…
つまり、自分の価値、
自分の時給が、
勝手に上がっていく…

時間経過と共に、
階層での自分の立ち位置が、
上層に向かっていく…

その方法です。

まぁ、要するに…

お金と仕組みで考える人に
なればいい…

「経済」と「制度」

…に、
ヒントがありますよってこと。
世の中のカラクリを
猛烈に勉強しようってハナシ。

以上、
【貧乏脱却中級編】でした。